チーム沿革


チーム誕生


1955年(昭和30年)、長野県の教員サッカークラブとして誕生。
北信越サッカーリーグ(現、北信越フットボールリーグ)に昭和52年(第3回大会)から3年間在籍。
3回大会の通算成績は414敗で4位(10チーム)、第4回大会の通算成績は405敗で7位(10チーム)、第5回大会の通算成績は225敗の9位(10チーム)となり、県リーグに降格した。
その後、県リーグで活動を継続していた。


19952003


時代の流れを受け、「FCアンテロープ」誕生。
監督は中澤真明氏が務め、県リーグをダントツの強さで勝ち抜くも、チャレンジリーグで勝ち上がれず、北信越サッカーリーグへの昇格は果たせなかった。


2004


北信越サッカーリーグが北信越フットボールリーグと改称し、また2部制への移行に伴い、県リーグから北信越フットボールリーグ2部に昇格を果たす。
監督は引き続き中澤真明氏が務めた。
30回北信越フットボールリーグ通算成績:904(1試合中止)、勝点272位となり入れ替え戦で勝利し、北信越フットボールリーグ1部へ昇格を決めた。


2005


北信越フットボールリーグ1部昇格を期に、チーム名を「FCアンテロープ塩尻」と改名した。
また、新監督に徳竹秀彦氏を迎えたが、レベルの高い相手に苦戦を強いられ、通算成績:1112敗、勝点5、リーグ8位で自動降格となってしまった。
しかし、第10回長野県サッカー選手権大会にて初優勝し、第85回天皇杯に出場を果たす。
1
回戦で関西の強豪バンディオンセ神戸と対戦したが0-1で破れた。


2006


北信越フットボールリーグ2部に降格し、新監督に奥田真央氏を迎え、1部再昇格を目指した。
経験豊富な選手を多数揃え、フォーメーションも機動性を重視した3-5-2で戦ったが、リーグ通算成績:536敗、勝点18、リーグ5位でシーズンを終了した。
全社県大会、県選手権大会とともに目立った戦績を残せなかった。


2007


2006シーズンに引き続き奥田真央監督の下、2部優勝、1部昇格を目指した。
選手の若返りを図りつつ、経験豊富な選手で中央を固め、フォーメーションを4-4-2としてパスサッカーの完成に努めたが、決定力のなさが最後まで響き、通算成績:653敗、勝点23、リーグ4位でシーズンを終了した。
また、2006シーズン同様に全社県大会、県選手権大会ともに目立った戦績を残せなかった。


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